2006年に解体撤去された龍ケ崎市米町の赤レンガ門塀(旧諸岡邸)は明治末期に建てられた貴重な近代化遺産であり、龍ケ崎の歴史と共に100年間歩み続けました。
解体前に、NPO法人龍ケ崎の価値ある建造物を保存する市民の会は、市民及び関係団体に呼びかけ、この門塀を「地域遺産」として残そうと「赤レンガ保存実行委員会」を立ち上げました。
保存運動のはじめに私たちは、「まず、現地での保存ができないか」と模索しましたが、移築・再生の道だけが残りました。
移転場所は紆余曲折の結果、緑が多く歴史的繋がりのある上町八坂神社隣の広場に決まりました。
移築保存には莫大な費用が掛かります。人件費の増加や消費税率のアップ等で当初の予算より幾分増え、撤去費用220万円を含め1000万を超える金額となりました。
私たちは募金活動と並行して、様々な助成金の応募も模索しました。その中で、門柱と塀を分けて2年計画で応募すれば助成金が受けやすくなることを知り、色々と検討しました。
その結果、2期工事(2014年、2015年)に分けての、市の提案型協同事業助成金と東日本鉄道文化財団地方文化支援助成金が決まり、9年間の赤レンガ門・塀の移築保存運動は大きく花ひらきました。

これまでの経緯

  • 2006年8月、所有者の諸岡氏より取り壊しの報を受け、「赤レンガ保存実行委員会」を結成。保存に向けて協議する。
  • 2006年9月、所有者より赤レンガ門塀を譲り受け、移築に向けて解体撤去をする。
    これより、募金活動、収益事業、イベント、勉強会を常時開催する。
  • 2007年2月、移築希望地として「にぎわい広場」を行政に要望するも防災公園と説明を受け断念する。
  • 2009年7月、市との協議の結果八坂神社裏手の市有地に移築場所が内定。
  • 2011年5月、龍ケ崎市「協働事業提案制度」が創設され、「市民提案型協働事業」と「東日本文化財団・地方文化事業支援」2件の助成金応募を検討。門と塀の2期工事に分けてそれぞれ応募することとなった。
  • 2012年10月、「市民提案型協働事業」採択。
  • 2014年3月、「東日本文化財団・地方文化事業支援」採択。2014年度中の1期工事、門柱の移築工事が決定した。
  • 2014年10月、1期工事、門柱の移築工事開始
  • 2015年3月、1期工事、門柱の移築工事完了
  • 2015年7月、2期工事、塀の移築工事開始
  • 2015年10月、2期工事、塀の移築工事完了
  • 詳しくはこちらをクリック

市民提案型協働事業として

明治の近代化遺産、赤レンガの門塀の移築保存は市民提案型協働事業として、「ふるさと龍ケ崎戦略プラン」の中に記された、「まちの活性化と知名度アップ-地域資源の存在と活用-」に、次の通り貢献するものと考えます。

  1. 1. ふるさと龍ケ崎の「多彩な歴史や文化、多くの地域資源の保存・活用」につながり、市の観光スポットとして地域の活性化と市の知名度向上に貢献できます。
  2. 2. 龍ケ崎市民の「ふるさと意識」と「誇り」の醸成に貢献できます。そして、この地域遺産を後世に継承することができます。
  3. 3. 東京駅の赤煉瓦駅舎が創建当時の姿に復元され、赤煉瓦の富岡製糸場が世界文化遺産に登録されるなど、大きな話題になっている。各地の赤煉瓦建築が再び注目を受けていると言われる中、東京駅より古い龍ケ崎の赤レンガ門・塀の移築保存は市のイメージアップにつながります。

移築場所について

移築場所は元青年研修所跡地を市から借用して移築保存します。そこは八坂神社に隣接する中央公園の南側で、公園への入り口でもあり門としての機能を復活させ活用することができます。
赤レンガ門・塀は米町の緑多い敷地に立っていましたが、移築場所も緑豊かで赤レンガが映える場所です。門からは中央公園を通して八坂神社の社殿の屋根を望むことができます。
八坂神社は16世紀に遷宮され、その頃に現在の市街地が整備されたと言われます。この地には本格的な小学校が明治時代に建てられましたが、歴史的時間が重なり合う場所の片隅に、明治末の赤レンガ門・塀を移築保存することは、まちの豊かな景観に寄与すると考えます。