赤レンガ保存実行委員会/龍ケ崎

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旧諸岡邸赤レンガ門塀について

郷土史研究家 鈴木 久

竜ヶ崎駅を出て八間通を北に向かうと、間もなく緑に覆われた約2千5百余坪の広大な土地に赤レンガの門と塀に囲まれた諸岡邸が見 える。この敷地が別途利用されることになり、赤レンガの門と塀も撤去を余儀なくされ、今回、諸岡邸赤レンガ保存実行委員会が結成され、市民によるその移築 保存が図られることになった。

この諸岡邸は諸岡良彦氏(現所有者)の祖父良夫氏が大正10年(1921)2月に内科・外科・耳鼻咽喉科医院として新築・開業し たものである。そのレンガは、門柱の高さが3.8メートル、塀の長さは約35メートルに及ぶもので、東京駅と同じレンガが使われ、地方都市では規模も大き く、時代の先端を行く建造物として、評判を呼び、市民の目を楽しませてきた。
諸岡良夫氏の父良佐氏は米町の代々庄屋を務めた諸岡家の分家、検事正を経て実業界に入り、龍崎銀行頭取や龍崎鉄道社長(6代)を勤め、あるいは第11代町 長(大正2年9月~大正4年4月)として町政発展に尽くした。また竜ヶ崎二高の前身、町立龍ヶ崎女子技芸学校の設立、龍ヶ崎中学校の充実に努め、その顕徳 碑は米町薬師堂境内に建っている。
その長男に生まれた良夫氏も医業の傍ら、龍崎鉄道社長(8代)、消防組頭などの要職にあり、さらに第17代・18代(昭和2年4月~昭和7年6月)の町長 として龍ヶ崎町政の発展に尽力した。任期中の主な業績の一つに、長く校医をも勤めた。氏の業績を象徴するものとして、昭和2年の町章制定がある。「龍玉を 据んで発展」を意味するこの町章は、町民に図案を募集して制定したもので、現在もそのまま龍ヶ崎市章として用いられている。

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